Ruruto

特集

織の共演
織楽浅野の帯と
本場奄美大島紬

商品協力:株式会社織楽浅野、近江屋株式会社、ウライ株式会社、株式会社小川屋、株式会社紀久屋、株式会社望幸
撮影:タカヤコーポレーション P17 菓子作り撮影:中根禎裕
着付け:羽尻千浩
ヘアメイク:添田麻莉
モデル:四位笙子、日本きものシステム協同組合 専属モデル
ドリームエンジェル RIN、小栗 康太郎
ロケ地:株式会社織楽浅野

徹底的に余分なものを取り除き、
糸や織、モチーフの持つポテンシャルを最大限に生かした織楽浅野の帯。
今回は、ゴブラン織、ペルシャ絨毯と並んで
世界三大織物と呼ばれる本場奄美大島紬と共鳴し合いコーディネートすることで
紬となごや帯というカジュアルな普段着を、
エレガントで上品なソシアルの域へと押し上げました。

浅野裕尚氏インタビュー

――大島紬とのコーディネートについて

創業当時、おしゃれな帯を作り始めたころ、思い浮かぶ着姿は大島紬でした。
今回の取材で大島との出会いは私にとっての不易、すなわち原点を思い出させてくれました。また一方ではきものと帯との出会いによるコーディネートは流行。それには変化する今の時代感を共有するスタイルの表現が求められます。それゆえに大島紬の装いに合わせての帯の提案はとても刺激的でした。
伝統と伝統が重なり合い、今を、そして未来を創る。出会いが生み出す美しさを再認識するきっかけとなりました。

――織楽浅野のパンフレットなどに書いてある「陰翳礼讃」とはどういう意味ですか?

谷崎潤一郎の著書『陰翳礼讃』との出会いは私に大きな影響を及ぼしました。描かれた陰影の世界。日本の美しさの本質を学びました。そこには「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある」とあり、この一節が大きく私を変えました。まさしくこれは、着物と帯との関係であり、互いを引き立てあうコーディネートの良さが大切であると。

――織楽浅野の白について

生成りの和紙の持つ色は白ではなく、素を表します。つきはなす洋紙の純白ではなく、人の心を和ませ包み込むような表情、奥行きが存在します。その世界観を織で表現するには、微妙に異なる色糸を何色も用いて織り上げます。表情を生み出す手間を惜しんでいては、奥行きは生まれません。
陰翳礼讃の重なり合う美しさと和紙の持つ素を感じさせる白は織楽浅野の大切な要素です。

陰翳礼讃
織楽浅野の帯づくり

帯:なごや帯 彩積段紋
シンプルな幾何調子の文様を綴組織で段ぼかしを織り、変化を加えています。

着物:本場奄美大島紬 オーロラ 夢おりの郷

織楽浅野の白

  • なごや帯 静黙
    雪の降り積もった朝、ひんやりとした空気と音のない静黙の世界をイメージして作りました。上質感を求め、何色かの絹糸と銀糸を合わせ、綴織をアレンジ。織そのものがデザインとなります。

  • なごや帯 風景
    抽象的に表現された風景をモチーフに。シンプルなデザインをささえるにはベースの織の表情が大切です。モチーフを柄としてとらえるのではなく織としてとらえています。

浅野裕尚(あさのひろたか)プロフィール

浅野さんは、実にさまざまなアイテムをコレクションしています。筆や箸、和紙や色見本など、その道の専門職の職人さんには深い知識と経験があり、「モノ」を通じて学ぶところが多いといいます。

京都に生まれ、1980年に父と共に、織を楽しむ心をコンセプトに織楽浅野を創立。 江戸時代初期に、本阿弥光悦が、一族や職人などの仲間を率いて移住し、芸術村をつくった洛北鷹ヶ峯の近くに、敷地総面積700坪の織楽浅野はあります。四季折々の変化を感じながら、この工房で浅野裕尚さんは、織物の表情と奥行きを求めて、帯のデザインをしています。1987年 に Industrial Design Award(国際テキスタイルコンペティション '87京都)を受賞。日本各地で展覧会を行い、2014年にはアメリカNY・ブロードウェイにて「不易」展・講演会を開催するなど、世界にも活躍の場を広げています。