2019/03/01
『るると』編集部が京鹿の子絞りの工房を訪ねたのは、2018年も押し迫った暮れの寒い日のことでした。部屋を暖かく準備して笑顔で出迎えてくださったのは加藤壽一さん。
昭和14年に「加藤絞り下絵」として壽一さんのお父さまの栄三郎さんが創業した絞り専門工房で、二代目の勝三さんは日本画家の橋田二朗(創画会)に師事した壽一さんのお兄さま。日本画の心得で描く図案は群を抜き、生み出される作品は飛躍的に人気を博しました。昭和40年頃から大阪通産局長賞を皮切りに、京都府知事賞、伝統振典協会賞と、枚挙にいとまがないほどの受賞歴を持ち、多忙のあまり、航空関係に就職内定していた弟の壽一さんも、内定を断り実家の仕事を手伝うようになったそうです。
写真は、正倉院 段唐花文
この年末年始も同社の作品は、皇室特番などが多かったこともあって、とてもよくテレビに出ていました。
「うちは、自分のところでしかできないもんを出してるんです。せやさかい、職人が嫌がるんですわ」と笑う壽一さん。「やりにくうてしゃぁないわ」と言いながら、次々に部屋の奥から「すごいもの」を出して見せてくださいました。そのたびに、編集部一行からは「おお~」とか「うわぁ~」という声が上がります。
「これは60立いいます。普通はどんなに多くても尺に45が限界。尺に60というのはもう絞れる職人が二人ほどしかおりません。このままやったらもう間もなくこの世からなくなってしまうという、本当に希少なもんになってしまいました」という説明を聞きながら、粒の数が23万粒弱というとてつもない数!そして一粒ずつ手で絞っているというから驚きです。
中でも、もはや「神業」というしかないのが「本座絞り」という技で、それは加藤絞り工芸の代名詞でもありました。普通の鹿の子絞りは布目に対して45度の角度で均等に青花の点を目印に絞っていくところを、本座絞りは下絵なしで職人が線と柄とをイメージして一粒ずつ絞っていきます。本座絞りの世界では、若い頃から始めていても60歳で「まだ若手」と言われてしまうほどの究極の努力と忍耐、そして素質も必要だと壽一さんはおっしゃいます。
なぜ図案なし、青花なしで絞るのかを尋ねると、「昔はみんなそうやって絞っていたんですわ。安土桃山時代から盛んになっていったそうです。今はもう、熟練の職人にしかできませんし、それももう一人か二人。グラデーションのある『乱れ本座絞り』になるとその職人がやっても3年以上かかるんです。途方もないことです。ただ、図案がない分、描き出される線や柄が、穏やかな中にもこう、なんともいえない躍動感のある美しさと品の良さを醸し出すんです。これはもう、日本の宝ですね」と説明に熱が入る壽一さん。
熟練の職人の指先の感覚と感性だけが作り上げることを神様から許された奇跡の世界を目の当たりにしました。
愛知県に有松鳴海絞りという伝統工芸品があります。そこにも「鹿の子絞り」がありますが、京鹿の子絞りとの違いはどういうところなのかを尋ねてみました。
「有松嗚海もすばらしいです。我々は『名古屋絞り』と呼んでいます。一番の違いは絞る糸です。京鹿の子の本疋田は絹糸を使って、7~8回巻きます。道具は使いません。一方名古屋絞りは木綿の糸で4回巻きます。木綿のほうが太いため、巻く回数が少なくて済むようです。台に針がついた道具を使って布を針に引っかけてとがらせておいて絞るというやり方です」と身振り手振りで詳細に説明してくださいました。他にもたくさんの技法を教えてくださいましたが、理解できない難しいものも多かったこの取材。今、一番の課題は後継者だそうで、腕の良い職人がいなくなっていくことで、京鹿の子絞りが消えてなくなってしまうことを危惧しつつ、やれる間はいいものを作り続けるのだという誇りと決意ものぞかせていました。
1.下張り
柱と柱の間に生地を張り、伸子針を打ち、でんぷん糊を大きな刷毛でまんべんなく引きます。次の下絵工程に始まりすべての工程を正確に行うための重要な準備です。
2.図案型彫り
実物大の図案の輪郭線を渋紙に写し、文様を描き出してポンチで渋紙に穴をあけていきます。図案から型ごしらえまでは高度な技術を要し、彫り型が整っているかどうかが商品の生命に大きく影響します。
3.絵刷り
刷毛のすべりをよくするために、造形された型紙に木ロウを引いて準備完了。作業台の上に生地を広げ、型紙を正確において刷毛に青花溶液を含ませてまんべんなく刷り付けます。絵羽紋様は何枚もの型紙が必要になります。
4.総括【疋田絞り】
「京鹿の子」を代表する絞りで一切の道具を使わず、指先の作業だけで絞り上げていきます。絹の20番のしつけ糸で、一粒ずつ通常は5回巻き、さらに2回糸を輪状に作り、かぶせるように粒にかけて引き締め、次の粒へ移ります。
5.総括【横引絞り】
高さ45cmの木製の柱に腕金を取り付け、その先端に釣り針を付け、布をこの釣り針に一粒ずつ引っかけて、木綿の40番手8本合糸で括ります。2回、3回、4回巻き等があり、別名「機械絞り」とも称しますが、機械とは道具のことであって、原理は一粒ずつ手で絞っています。
6.漂白
絞りがすべて終わった生地は、下絵に使用した青花を落とし、また絞り加工中に付着した汚れを落とし、大切な染色の前にきれいにします。
7.染め分け【桶絞り】
柄の大きな面積の部分を、絞りで染め分けることを「染め分け」といいます。桶の中に染めない部分を入れて、染めたい部分を外へ出します。桶ごと染液の中に放り込みますので、桶に染液が入らないように、蓋をした後で桟木を置き、麻のロープでガッチリ締め、布と桶の問には綿を詰め込みます。
8.染め分け【帽子】
染め分け部分の面積の大小によって、大帽子、中帽子、小帽子に分かれます。柄の部分に糸入れをし、その糸の端を引っ張って金具にかけ、根本を手元に締め寄せて、上から帽子をかぶせるようにして紙とビニールで包み防染します。中帽子、大帽子は芯を使用します。
9.
染桶に、染めたい色の染液を配合し、調温します。布を液につけて棒でかき回したり、たぐったりして全面にムラなく染め付くようにします。
10.糸解き
染色が終わると一度乾燥させ、解き手は絞りを伸ばさないよう、破らないように絶妙な力加減とリズムで慎重に、愛情を込めて絞り糸を解いていきます。この後、整理をして完成です。