特集
「デッサンに始まりデッサンに終わる」と言われる加賀友禅は、観察力と写実性が生命線です。加賀友禅の作家は皆、写生、スケッチを繰り返して作品を作り上げています。四季折々の自然との出会いを描き、そこからイマジネーションをふくらませて図案へと落とし込んでいくプロセス。加賀友禅の特徴といわれる「わくらば」は、枯れた葉、虫食いの葉などをあるがままに、美しく描き出します。
もう一つの特徴は「先ぼかし」による表現で、京友禅、東京友禅、十日町友禅、名古屋友禅と、どの友禅もぼかしで表現をつけますが、加賀友禅は花びら一枚、葉一枚をぼかすときに先のほうが濃くなるようにぼかし、輪郭が少し強調されて地の色との調和が際立ちます。同じ風景を描いたとしても、朝なのか、夕なのか、晴れているのか曇っているのかなど、その瞬間にしか感じられない空気、光、風、気配まで写し取ろうとするところに加賀友禅の究極の美とプライドがあります。
落款を持つ作家の下で5年以上修行をし、2名以上の作家の推薦があって初めて捺すことができる落款は、「協同組合加賀染振興協会」に登録されます。現在は約150名の登録があります。
※登録制度が始まる前に活躍していた作家の作品には落款がないものもあります。
洗練された華やぎで見る人を魅了する友禅染めは、
どんな豪華なドレスにもひけをとらない美しさ。
磨き上げられた匠の技はいつまで眺めていても飽きることのない圧倒的な美しさを誇ります。
夾纈、纐纈、﨟纈の古代三大技法は「天平の三纈」と呼ばれています。
夾纈は、絵柄を彫った板で布を防染する技法、絞り染めの纐纈は糸などで布を絞って防染する技法、そして﨟纈は蝉を布に塗って防染する技法。いずれも染まらないところを作ることで理想とする模様に近づけていました。
元禄時代前後の小袖には、辻が花(絞り)に筆で線を描き入れる「カチン」や刺繍が施されています。いつの時代も人はとてもオシャレで、きれいな色柄のものを身にまといたいと願い続けてきたのだと分かります。
江戸時代になって世の中が落ち着くと、町人たちも盛んにおしゃれを楽しむようになりました。そんなこともあってたびたび出された奢侈禁止令(ぜいたく禁止令)でしたが、1683(天和三)年になると「惣鹿の子(総鹿の小絞り)」「縫箔」「金紗(金糸の刺繍)」といった人気技法が禁止されてしまいます。
江戸時代初期、徳川家の御用商人であり、本能寺の変では、家康脱出劇を助けたことでも知られている茶屋四郎次郎という豪商がいました。その茶屋四郎次郎によって、糊糸目で繊細な模様を線描きした生地を、染料に浸ける一色染めの染め方が確立され「茶屋染」と呼ばれました。また、同時期には「引き染め」も始まり、餅米と糠と塩を使った糸目糊が開発され、後に友禅染と呼ばれるようになります。隣り合う色が混ざらないようにした「糸目防染」に加えて「色挿し」や「ぼかし」といった、自在に精緻な絵を染められる技法が確立されました。
そして、同じ頃、京都の知恩院の近くで扇面絵師として一世を風靡していたのが宮崎友禅斎という人でした。扇面にとどまらず、小袖のデザインも行うようになると、当時のファッション雑誌の位置づけだった小袖のデザインブック「ひいながた」の中で「友禅ひいながた」が圧倒的な人気となりました。この美しい絵柄を染めたことから、糸目糊でさまざまな絵柄を染め分ける技法は「友禅染」と呼ばれるようになりました。しかし、宮崎友禅斎は糸目糊の開発にも、染色にも携わったことはありませんでした。
その後、友禅染は京都ならではの雅やかな京友禅へと発展していくのです。
宮崎友禅斎の生涯は謎に包まれていて、今も少しずつ研究が進んでいます。一説によれば、京都で名を上げた友禅斎は加賀へと移り住みます。贔屓の舞妓にフラれたせいだなどという話もあり興味深いことですが、真偽のほどは謎に包まれたまま。
さて、加賀へと移り住んだ友禅斎。故郷が能登穴水という説もありますので加賀に向かったのではなく、故郷を目指したのかもしれません。
そこで加賀藩御用紺屋棟取であった「太郎田屋」に住み込み、支えられ、そこで加賀友禅が誕生したといわれています。
もっとも、加賀には友禅以前にもご当地の染色技術が発達していました。
一つは、室町時代から行われていた無地染めで、梅の皮を煮出した染料で染められる薄茶色の「梅染」、赤茶色の「赤梅染」、焦げ茶色の「黒梅染」です。濃度の違いで三段階を染め分ける「加賀御国染」は加賀以外でも広く人気があったようです。もう一つは「憲法(兼房)染」で、江戸時代には堅牢な黒が武士に愛され、ここから黒紋付、黒留袖へと受け継がれていきます。武士の峠などとしても好まれた「加賀小紋」も生まれました。
江戸時代後期になると、友禅染めへとつながる模様染めの「色々染」や「色絵」で、白生地や薄地の生地に絵筆で手描きされていました。後に加賀に移り住んだ宮崎友禅斎の影響によって「加賀友禅」として発展を遂げ、浅野川や犀川の友禅流しは加賀の風物詩ともなりました。
糸目糊を使った、基本的な工程
一、構想、図案描き
構図を考え、小さな図案で一定の完成をみたあと、原寸大の紙に図案を描き起こします。
二、下絵描き
図案を元に、青花液(ツユクサの花の絞り汁。いまは化学染料もあり)で下絵を生地に写し取ります。
三、糸目糊置き(防染)
染めたい箇所にだけ色を挿す「染め分け」のために、糊(真糊、ゴム糊)を下絵の線上に置きます。最後ににじみ防止のため、豆汁(ごじる)を刷毛で染み込ませます。
四、手描き友禅挿し・色挿し(染色)
筆や刷毛で、生地に染料を染み込ませていきます。にじみにくくするため、裏からヒーターを当てて乾かしながら行います。昔は火鉢の上で行いました。
五、伏せ糊置き(防染)
色挿しした柄部分に、デコレーションケーキにクリームを置くように糊を置きます。地染めをするときに、色柄が染まらないようにするための防染です。
六、地染め、引染め(染色)
反物を伸子(しんし)針でピンと張り、反物が傾かないようにして刷毛などですばやく地色を染めます。ぼかし染めをする場合もあります。
七、蒸し、水洗、仕上げ
染料を生地に定着させるために蒸してから、余分な糊、染料などを水洗いします。これがいわゆる友禅流しと呼ばれる工程です。地の目、反物幅を整えながら反物状に巻き取ります。
加賀友禅以外の友禅には金彩、刺繍、絞りが施されます。
特に京友禅は加飾によって華やかに、雅やかに、豪華な1枚に仕上げます。
染・ぼかし
刺繍
金彩
刺繍
金彩
鹿の小絞り
金彩