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特集

次世代に受け継ぎたい
日本の伝統の手仕事

[樋口織工藝社] 樋口隆司

雪国の四季を描き続けて

  • 『るると』取材班に丁寧に作品のコンセプトや絣の描き出している世界を説明してくれる樋口隆司さん。

  • 『るると』取材班に丁寧に作品のコンセプトや絣の描き出している世界を説明してくれる樋口隆司さん。

  • 日本工芸会正会員 樋口隆司さんは、プライベートでも着物をよくお召しになります。

  • 今回『るると』取材班に加わった日本きものシステム協同組合の理事長 佐々木英典が、白鳥座のタペストリーの前で樋口隆司さんと宇宙の旅をするかのように歓談しています。

  • 樋口隆司さんの奥さま文子さんが、ここ数年の温暖化に伴い、単衣の着物として、その軽さと張りがもたらす着心地の良さと涼しさで大ヒットをしている「湯揉み絹縮」を着て見せてくれました。「着てこそ着物」を貫く樋口さんならではの着心地へのこだわりが感じられます。

ビアテイスターの資格を持ち、酒造メーカー「新潟銘醸」のCMに出演、祭では神輿を担ぎ、片貝まつりの花火には欠かさず駆けつけ、美しい景色を見ると趣味のカメラでファインダーの中にその景色とイメージ、空気感までをも切り取ります。出張先にはシューズを持参し、どんなに忙しくとも朝はジョギングからのスタート。仕事と遊びの間に境界線のない伸びやかなクリエイターであり、理工系の頭脳で絣を操る樋口隆司さん。樋口さんは小千谷縮屋の六代目であり職人であり作家です。小千谷縮の技法を生かし、絹織物で縮織りをするという発案で「紬ちりめん」を創案しました。第三十七回日本伝統工芸展に絽織縮絣着尺「風の道」が入選、翌年には、全日本新人染織展で、地元片貝まつりの奉納煙火の花火をモチーフにした作品で大賞を受賞しました。世界一の四尺玉が上がることで有名な片貝まつりは、海や川で行われる全国の花火とは少し趣を異にする山の花火。山間にこだまするドーンという迫力満点の音や観客たちの大歓声まで聞こえてきそうな、夜空を覆い尽くす花火を経緯絣で表現した作品。眺めていると花火の余韻や祭りの後の静けさまで感じさせてくれるなんとも言えない趣があります。二回目の伝統工芸展入選作品は「流れ星」で、小千谷の夜空を流れる星を絣で表現した絶妙な計算と技が澄み切った夜空のように冴え渡っています。

樋口隆司の代名詞は雪国の四季を象徴する「花風月雪」と「宙」。創り上げる作品には、色柄が少ないのが特徴です。しかしよく見ると、そしてよく考えるとなんだか作り方が分からなくなってくるのです。縞だと思うと途中で消え、かと思うと少しだけ揺らいでまた現れます。経糸と緯糸が直角の交差をしているのに、涼やかな風が思いのままに吹き抜け、そこに今にも飛び出してきそうなイキイキとしたトンボが現れ、月のウサギは自由に夜空を駆け抜けていきます。月の満ち欠けは地球と、命の営みを教えてくれているよう。シンプルなデザインの中に計算し尽くされた美を生み出しているのです。反物や、畳んだままの着物を見ていると分からない魅力が、袖を通して着ることで「ああ、そういうことだったのだ」と着姿の美しさに大きく納得してしまう、そんな不思議な魅力がたくさん隠されているのです。

[ 樋口織工藝社 ] 〒947-0021 新潟県小千谷市本町2-1-23

[林宗平工房] 林正機 林秀和

親子三代に受け継がれていく魂

  • 濡らした苧麻を髪の毛よりも細く裂いて一本ずつつないでいく、糸績みの仕事。根気が頼りの地味な仕事です。

  • 濡らした苧麻を髪の毛よりも細く裂いて一本ずつつないでいく、糸績みの仕事。根気が頼りの地味な仕事です。

  • 防染したい部分を1カ所ずつ括ります。越後上布はすべてが根気との闘いです。

  • 機は最も古いタイプの地機。その周囲には加湿器があって、雪の降らない季節には乾燥を嫌う麻が切れないように湿度を上げます。「麻の糸は機嫌を損ねると扱いにくい赤ん坊」というのが宗平さんの口癖でした。

  • 麻の葉がしなやかに変化をしていく難しい絣模様の伝統的工芸品塩沢紬。

  • 絣の濃淡まで操るのは林宗平工房のお家芸です。

江戸時代には三国街道と清水街道の宿場町として栄えた六日町に「林宗平工房」はあります。東には駒ヶ岳、中之岳、日本酒の銘柄としても有名な八海山と連なる越後三山を擁し、西には魚沼橋梁を望む豊かな穀倉地帯です。新潟県内でも有数の豪雪地帯で、川端康成、立原正秋の小説の中に、この辺りの厳しい暮らしや、胸が締め付けられるような寂寞感が描かれています。

半年ものあいだ雪に閉ざされ、一切の農作業を封じられてしまう農家の副業として、糸を績み、機を織ることは重要な収入源でした。幸いにして雪国の湿気と苧麻との相性は抜群に良く、長い間農家の生活を支えるものでもあったのです。

林宗平工房で『るると』取材班を笑顔で温かく迎えてくれたのは、宗平さんの息子さんの林正機さんと、お孫さんの秀和さんです。

宗平さんは、越後上布を作る一方で、越後上布の技術を絹織物に取り入れた塩沢紬もたくさん作っていましたが、好奇心旺盛なチャレンジャーで、全国各地の織物産地を訪ね歩き、各地の織物を熱心に研究したといいます。遠く奄美大島まで出かけて泥染めや大島紬ならではの絣も研究していました。また、産地にとどまらず小売店さんへ出かけては、実際に着用する女性たちの声を聞き、また塩沢紬の魅力を伝え歩いたといいます。

「伝統的な織物の里にいるからといって、守るだけではなく、人と違ったものを作りたい」というエネルギーはとても大きく、文化財の越後上布を大切に守り伝える一方で、草木染で独自の世界を切り拓いていったのです。

そのチャレンジ精神と探究心は息子の正機さんにもしっかりと受け継がれました。そして正機さんも色へのこだわりには並々ならぬものがあります。正機さんが生み出す色は透明感があって明るい色。「同じ色は二度と出せない」という正機さん。それだけにその時出たその色を一期一会の気持ちを込めて丁寧に染め上げます。

色をいただくための草木はそれこそさまざまで、草木によって色を抽出する方法は異なります。たとえ同じ草木でもその日の気候や湿度、媒染や染めている時間などによって色は無限にあるのです。半年もの間、色のない暮らしをする豪雪地帯ならではの色への憧憬やリスペクトが、そのまま作品への愛情となり、着る人を魅了する美しい色が生まれるのでしょう。

長い冬に耐えた豪雪地帯に暮らす人々への神様からのご褒美は梅も桜も一気に咲く、他の地域にはない雪国ならではの春。モノクロームの世界が一気に花畑のようになる春は、雪国の人々にとってきっと特別なものに違いありません。

工房では秀和さんは先日社長に就任しました。長いこと京都の織物問屋さんで働き、全国……、とりわけ琉球の織物について語らせたら右に出る者はいないというほど多くの事を勉強をし、全国各地の呉服店で販売の手伝いも経験しました。越後人特有の忍耐力と穏やかさに加えて勘の良さや長年の販売現場で培われた洞察力や直感力で、物づくりに味わいを加えています。そんな若く溌剌とした経営者の下には、ベテランの職人さんだけではなく若い織り子さんたちが育ち始めていました。

[ 林宗平工房 ] 〒949-6680 新潟県南魚沼市六日町25−6
着るひと/四位笙子

越後上布

重要無形文化財の越後上布。林宗平作のこの着物は、糸が細く滑らかで、それでいて光沢があるという最高の材料と技術が生み出した奇跡の作品です。残念ながらこの細さの糸を績むことができる人はいなくなってしまいました。

着物:重要無形文化財越後上布『松竹梅』 林宗平
帯:本麻越後上布 林 秀和
着るひと/Haruhi

本塩沢

林宗平工房の本塩沢は、「鬼シボ」と呼ばれる、緯糸に強い撚りをかけることによってできるシボ髙が特徴です。
織り上げたあと湯もみをすることで反物の幅がぐっと縮まり、その分高いシボが立つのです。
そのシボによるさらりとした着心地が人気の秘密です。特に全体的にシックな色合いの多い塩沢にあって、透明感のある色の美しさもまた際立ちます。それでいて派手さはなく、年齢を選ばない品の良い色合い。
よく見ると浅黄色、小豆色、鴇(とき)色、若草色などたくさんの先染めの糸がバランス良く配されていて、この工房の技術とセンスの巧みさを感じさせてくれます。

着物:本塩沢 林 秀和
帯: 群馬県産春繭使用袋帯 万勝
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