Ruruto

特集

次世代に受け継ぎたい
日本の伝統の手仕事

Echigojyofu Ojiyachijimi

越後上布
小千谷縮

雪中に糸となし、
雪中に織り、
雪水に洒ぎ
雪上に曝す
雪ありて縮あり
されば越後縮は
雪と人と気力相半ばして名産の名あり
魚沼郡の雪は縮の親といふべし
鈴木牧之『北越雪譜』

【現代語訳】
雪の中で糸をつくり、雪の中で織り
雪水で洗い清め、雪の上で日に晒す。
雪があってこそ縮がある。
雪と人と気力があってはじめて名産品といえる。
魚沼郡の雪は縮の親というべきものである。

日本最古の織物

  • 入手することが困難な重要無形文化財小千谷縮。手績みの糸は細くつややかで、かつてはこの反物が天保銭の穴を通るほどでした。

  • 入手することが困難な重要無形文化財越後上布。手績みの糸は細くつややかで、かつてはこの反物が天保銭の穴を通るほどでした。

豪雪地帯の魚沼では、飛鳥、天平の時代から自生の苧麻を素材とした麻布が作られていました。正倉院には越後から1200年前(天平勝宝年間)に献納された麻布が保存されています。また、さらに古い時代の機織の道具も出土しています。弥生時代から二千年の時を経て、麻織物がこの雪国で連綿と受け継がれてきたのです。

越後の麻布はその品質、着心地の良さから全国へ広まっていきました。江戸時代に入ると、小千谷、十日町、堀之内には縮市が立ち江戸や京都、大阪から縮商人が訪れて、魚沼は活況を帯びていきました。上級武士や大奥などで、夏の裃や帷子として愛用され、越後麻布はどんどん人気が上がり、江戸末期には年間20万反という生産量を誇るまでに。その後どんどん生産量は落ち、この貴重な技術を後世に伝え残すため、昭和30年に日本の織物では最初の重要無形文化財となったのです。現在保存協会の皆さんが懸命に守っている重要無形文化財の小千谷縮が年間で5反前後、越後上布が20反前後という生産量(生産量ともいえないほどの数)にまで落ち込んでいます。

一方で、糸が重要無形文化財の指定条件には満ちていないものや、絣のない無地や縞のものなど、ほぼ同じ製法で作られている文化財以外の小千谷縮や越後上布が、涼を呼ぶ着心地の良さや軽さ、扱いやすさから着物ファンの間でますます人気が上がっています。

着るひと/四位笙子

小千谷縮

テレビの収録で、モデルの知花くららさんが着用したという涼やかなコーディ ネート。小千谷縮は着て涼しく、見る人にも涼を運んでくれる着物です。シワに なったときは水道水を入れたアトマイザーでスプレーすればあっという間にシワが伸びて即乾きます。

着物:小千谷縮「風立ちぬ」 樋口隆司
帯:小千谷縮「曲水」 樋口隆司
着るひと/Haruhi

小千谷紬

樋口隆司の大ヒット作品のひとつで「京都きものグランプリ」受賞作。縞の幅がグラデー ションで着たときに最高に美しくなる設計がなされています。「着物は着たときに完成する。 ゆえに着物の柄は饒舌であってはいけない」というのが樋口隆司の制作ポリシーのひとつ。

着物:小千谷紬「陽射し」 樋口隆司
帯:絹縮袋帯 「円」 樋口隆司