Ruruto

工房探訪 和染紅型

2017/03/01

工房探訪

京都の北西部、高雄へと向かいます

昨年の11月初旬、京都市内のほぼど真ん中にある、小紋屋「高田勝」の社長、高田啓史氏の案内で、取材チームは京都の北へ向かいました。折しも京都は紅葉のピークを迎えていて、金閣寺、仁和寺よりもさらに北に位置する有数の紅葉の観光スポット高雄へは、市内の中心部から車で1時間ほどかかるかもしれません。覚悟の出発でしたが運よく大した渋滞にも遭わずにすんなりと30分ほどで高雄へ。北山杉と紅葉を眺めながら、上り坂を大きく曲がった突き当たりに周辺の風景に溶け込むかのようなどっしりとした木造の工房はありました。

出迎えてくださったのは、「栗山工房」の専務の西田裕子さん。この日も彩色に励んでいました。嫁いで名字は変わりましたが、二代目吉三郎氏の実の娘さんです。仕事の手を止めさせるのは申し訳ないので、勝手知ったるなんとやらで、工房内を慣れた足取りで案内してくださる高田社長の後をついて回ることに。

「工房の中を、少し行ったり来たりになりますが、渋滞しなかった分少し余分に時間がありますから、工程どおりに説明します」と高田さん。まずは図案から型紙という流れを説明いただきました。栗山工房は、京都にあって京友禅の流れを汲んでいながら、多くの京友禅の作家や工房が分業であるのに対して、「蒸し」などの特別な設備を要する一部の工程以外、特に、デザインや色に関するすべての工程を自社で一貫して行っているのが最大の特徴です。

 

光に向けてみると、型そのものが工芸作品のようにも思えます。栗山工房では、図案を起こし、型を彫る工程も自社で行うことができます。そのことによって、微妙な調整や、型が壊れてしまったときもすぐに修理なり、新しく彫り直すことができます。彫った型には、紗を貼り、柄の飛んでいるところも型として成り立つようにします。

約7メートルの板の上に、反物をまっすぐに貼り付けます。布が曲がっていると、正確に糊(のり)を置いても模様が曲がってしまいます。そこに、木ベラで餅糊を置いていきます。青は、糊を置いたところがよく見えるようにするための色。後で洗うと染まらずに落ちてしまいます。図案によっては、同じ型で数回、糊を重ねていきます。

栗山工房の歴史

少し脇道に逸れて、栗山工房のお話を先にしておきましょう。「紅型」と聞くと、赤や黄色の色鮮やかな琉球紅型を思い浮かべる方も多いことでしょう。琉球王族のみが着用していたとされる高貴な衣装で、この装い方は「琉装」と呼ばれます。その琉装がどのようにして和装へと取り入れられたのでしょうか。

栗山工房の初代、故栗山吉三郎は京都に生まれ、幼い頃から絵を描くことが大好きでした。当然のように絵画の道へ進み油絵を志しますが、陶芸家の河井寛次郎(故人)と親交が深かったことから、柳宗悦らによる民藝運動に徐々に傾倒していきました。そして、何度か写生旅行で訪れた沖縄で、琉球紅型を見てその美しさに衝撃を受け、紅型染を志すことになるのです。

「紅型による琉装は、王族の衣装で帯をしませんから、その色柄が、蒸して定着していない顔料であっても問題はなかったのですが、和装となると帯を締めたり、擦れたりするので色が落ちては困るわけです」と高田さんが栗山紅型の成り立ちについても丁寧に説明をしてくださる。琉球の紅型をいわゆる和装の世界で成り立つように、京友禅のノウハウを取り入れたりしながら、少しずつ栗山紅型は完成に近づいていきました。そして工房を構えたのは昭和27年のことでした。そして、現在実質的に工房を切り盛りする、専務の西田裕子さんのお父さんである社長の大箭秀次さんが入社したのが昭和35年。一筋に栗山紅型を作り続けて昭和64年に二代目栗山吉三郎を襲名しました。

板場の天井は低く、背の高い人だと頭が板についてしまうほど。糊を置いて、ある程度乾いたら、板ごと頭上に上げてさらに乾かします。
重く、長い板を一人で持ち上げます。隣と触れてしまうとせっかく置いた糊が取れてしまうので慎重に。

豆汁と布海苔を刷毛でひいて、染料がにじまないように準備をしてから、慎重に色を挿していきます。一つの色に対して一つの刷毛。白い皿の上では、似たような色に見えるので間違えないように丁寧に。

着てくださる人の気持ちに寄り添って

さて、作品に話を戻しましょう。栗山工房の目指す作品づくりは、個性的で楽しく美しい柄、つまり図案や型へのこだわりはもちろんのことですが、初代、二代目吉三郎氏の魂を受け継いだ西田さんが今、特にこだわっているのは「色」なのだそうです。

「中には50年間作り続けている柄もあるんですよ」と高田さんが工房を見学しながら説明をしてくださいます。つまり、型は同じでも色はその時代の空気によって大きく変わるので、栗山工房のスタイルや基本ルールの中で、時代に合った色を足したり、引いたりして、同じ型を使って染めても、色を変えたり、生地を変えたりすることで、全く別の作品を生み出しているのです。

栗山工房のスタイルというのは、全行程が手仕事だということ。手仕事の範囲の中で、創意や工夫が凝らされていますが、手仕事に徹底してこだわることで、独特の温かみや作品の奥行き、味わいのようなものが生まれているのです。また、「次の仕事」をする人がすぐそばにいるという京都には珍しい一貫生産によって、一つ―つの仕事のクオリティーが自然に高くなっていきます。互いに、互いの仕事を知ることや、次に何をするのか分かって仕事をすることで、相乗効果も上がっていくのでしょう。工房では、若い職人さんがたくさん働いていて、活気とエネルギーに満ちていました。

味わい深く、個性的な色柄の和染紅型、栗山紅型は、決して歩みを止めることなく、次の作品へのチャレンジを続けています。

引き染めをする刷毛も、色ごとにきちんと整理整頓されています。引き染めは、迷わず、もたつかずに一気に。伸子針でピンと張った反物が傾くと、低いほうへ染料が染みていき、濃くなってしまうので、地面と水平にしておくのがポイント。

彩色をした部分を、先端が細くなった筒で、デコレーションケーキにクリームで描くように糊を置いて伏せていきます。その上におが屑(くず)の引き粉をかけ、刷毛で余分な粉を取り、糊の中の空気を弾いてから乾かします。エキゾチックな文様を、新たな素材に染め上げ、これまでにはなかった世界にもチャレンジをします。